東京高等裁判所 昭和28年(う)1352号 判決 1953年8月05日
控訴人 被告人 中村匡
弁護人 森山邦雄
検察官 鯉沼昌三
主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金二万円に処する。
右罰金を完納することができないときは金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
被告人から金四千五百円を追徴する。
理由
本件控訴の趣意は末尾に添付した森山邦雄が差し出した控訴趣意書のとおりである。
第四点のうち、公職選挙法第二百五十二条第一項の規定が憲法の条規に違反した無効のものであるとする論旨について日本国憲法第十四条第一項がすべて国民は法の下に平等であつて人種、信条、性別、社会的身分又は門地により政治的経済的又は社会的関係において差別されないと規定したのは人格の価値がすべての人間について平等であり、従つて人種、宗教、男女の別、職業、社会的身分等の差異にもとずいてあるいは特権を有しあるいは、特別に不利益な待遇を与えられてはならないという大原則を示したものにほかならないが、しかしこのことは法が国民の基本的平等の原則の範囲内において、各人の年齢、自然的素質、職業、人と人との間の特別の関係等の各事情を考慮して道徳、正義、合目的性等の要請により適当な具体的規定をすることを妨げるものではないのである。(最高裁判所昭和二五年(あ)第二九二号、同年一〇月一一日大法廷判決、最高裁判所判例集第四巻第十号第二〇三七頁、以下参照)。ところで公職選挙法第三百五十二条第一項は、同項所定の選挙に関する特定の犯罪のため罰金以上の刑に処せられた者に対して一定の期間、公職選挙法が規定する選挙権及び被選挙権を停止することを規定したものであり結局これらの者の反社会的性格に対する考慮から正義及び合目的性の要請にもとづき選挙の公正を保持しようとしたものであつてその社会的身分によつて差別待遇をするものとはいえないから公職選挙法第二百五十二条第一項の規定をもつて日本国憲法第十四条第一項の条項に違反することは当らない。更に公職選挙法第二百五十二条第一項の規定は日本国憲法第四十四条但書が規定している、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別待遇をするものともいえないから憲法の右条項に違反するものとすることも当らない。従つて論旨はいずれも理由がない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 中村光三 判事 河本文夫 判事 鈴木重光)
控訴趣意
第四点原審判決は法令の適用に誤りあり、その誤りが判決に影響を及ぼすこと極めて明白である。即ち原審判決はその主文に於いて「被告人を罰金参万弐千円に処する。右罰金を完納することができないときは金弐百円を一日に換算し被告人を労役場に留置する。被告人より金四千五百円を追徴する。」と判示せられた。而して公職選挙法第二五二条第一項に於いて「本章に掲げる罪を犯したもので罰金の刑に処せられた者はこの裁判が確定した日から五年間この法律に規定する選挙権及び被選挙権を有しない」と規定せられある。
然し乍ら選挙権被選挙権は、憲法上に於ける日本国民としての基本的権利義務に於いて法の下に於ける平等の権利義務を附与せられ、殊に選挙権、被選挙権は憲法上国民として奪う事を得ざる国民の権利義務である。即ち日本国民は日本国に於ける主権者である。憲法上土地と国民は不可欠の要素であり、この要素を為す国民は何人も法の下に平等である。憲法第十四条第一項は総べて国民は法の下に平等であつて人種、信条、性別、社会的身分又は門地により政治的、経済的又は社会的関係に於いて差別されないと規定されてある。この憲法第十四条の規定に基いて選挙権被選挙権を制限する事は出来得ないものである。これ民主国家に於ける憲法上の鉄則である。憲法第四十四条は両院の議員及びその選挙民の資格は法律で之を定める。但し人種、信条、性別及び社会的身分、門地、教育、財産又は信用によつて差別してはならない、と規定されてある。該条によればこの差別に関する列挙事項以外の場合は、或は選挙民の資格を法律にて差別し得るが如く盲断する者あらんもそれは憲法の精神を無視するもので正当ではない。又何等の理由はない。即ち憲法第十四条に於いて法の下に平等たる事を規定したる原則を憲法第四十四条で制限したるものではない事は極めて明白である。公職選挙法第二五二条第一項は憲法第十四条に反するのみならず、憲法の全精神に反するもので、選挙権被選挙権の停止は憲法上許さるべき規則では無く無効なりと云わなければならない。ただ該規定は行政上選挙権被選挙権を濫用せざる警告的規定と解するを妥当なりとするも之を憲法上より見る時は無効の法律なりと解さなくてはならない。ただしかし公職選挙法第二五二条第三項において裁判所は情状により刑の言渡しと同時に第一項に規定するものに対し同項の五年間選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用せず云々と宣告する事が出来る旨を規定せられている。かかる規定が存する場合に於いては裁判所は同条第一項の憲法上相反する規定の適用を除外する為、同条第三項を適用する事を法律解釈上必要と解釈しなければならない。しかるに原審判決が何等この点に関する同条第三項を適用する事なくただ慢然被告に対し、主文の判決をなすに止めたるは法律の適用に誤りあるものと云わなければならない。
(その他の控訴趣意は省略する。)